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内面の構造化理論において、クライエントを信じること

 心理療法では、クライエントさんの回復する力、成長する力を信じます。特に、ユング派やロジャース派はその傾向が強いですが、治すのではなく、自然に治る、という感覚で、その流れを見守る、その場所を提供する、そのきっかけを作る、環境を整えるという方針でお会いしています。認知行動療法でもマインドフルネスを導入している最新の方法は同様です。いや、教育でも医療でも福祉でも、対人援助においては、患者や被支援者のその人自身の力を信じていることでしょう。多分、獣医や樹木医もきっとそうでしょう。生命の回復力、健全になる力を信じ、支援者はそれを手助けするにすぎないのです。

 われわれにはこの信念があるからやってられるという面があります。じっさい、非常につらい経験をされたりそのさなかにいる方にお会いすると、自分にはこの人を助けること、変えることなんてできない、と思います。『3月のライオン』という漫画に、教師が「教育の育の字がなければとっくに放り出してるぜ。」というセリフがあります。教師同様、心理療法家も、こころには、それ自体に自ら育ち治す力がある、という信念があるからやっていられるのです。

 

 それでは、発達障害の方のこころの力とはなんでしょうか?

 これは私の個人的な信念ですが、彼ら/彼女らの強い好奇心、認識への強い想い、自分や世界を理解しようとする力だと思っています。

 もちろん、人間の魂の力という意味では定型発達も発達障害も関係ありません。私はその人間の魂の力を信じていますが、ここでは、内面の構造化を行う際に頼れる特徴的な力という点で挙げています。

 

 内面の構造化理論では、発達障害の方の特徴、特性、個性をまずカウンセラーが把握します。福祉系の援助では、それをもとに環境を変える方向に行きますが、私は発達障害のクライエントさんに、私が把握し見立てたその特徴等を理解してもらうように進めます。それを重視する点が福祉系の援助と異なるところです。

 それはときにクライエントさんにとってつらいこと、痛みをともなうことにもなります。自分の弱点や定型発達の人(マジョリティ)との違いを認識させられるのですから。

 どんな心理療法にも、痛みをともなうつらい過程があります。癒しや成長、回復というプラスの出来事をもたらすためには、‘夜の航海’を経なければならない。金銭的な負担もその痛みのひとつでしょう。

 発達障害の方は、そうでなくても誤解や偏見、周囲の無理解、自己否定などで苦しんできたことが多いです。しかし、彼ら/彼女らに共感し周囲の問題だけを言い立てるだけでは、その苦しみは終わりません。つらくても、自分を知ることと他者を知ること、そのうえで環境へ働きかけ、自分と周囲の調和を目指すことが個別で行うカウンセリングのなすべき役割だと思っています。

 

 そして、自分の弱点や欠点を理解する強さを、私は発達障害の方に見出すことが多いです。それは、あいまいなことが嫌いではっきり理解したい、知識欲・好奇心旺盛という認識への強い意志が彼ら/彼女らにあるからだと思います。

 たとえば、私が「きみは〇〇と考えがちだけど、それは世の中の多くの人は常識外れでおかしいと思いがちなことなんだよね。」と少々きびしくつきつけるときも、怒りや悲しみではなく「へ~そうなんですか!みんながそう考えるって始めて知りました!」と目を輝かせるときがあります。自分の考え方を否定され受け入れられていない怒りや悲しさが出てくるのではなく、新しい事実を知った、あいまいでなくはっきり言ってもらえて理解できた喜び、のほうが勝るようです。これは大人でも小学生でもです。

 これは発達障害の特性のひとつです。短所は長所、長所は短所、というのが心理支援の重要な視点ですが、論理的で明確な認識を好むという発達障害の方だからこそ、認知が感情に先立つ。その力が自己理解と他者理解に役立つのです。私は、彼ら/彼女らの特性のもつ力を信じて、理解すれば変われる、強くなれる、成長できるという信念をもって、こういうお話しをしています。

 

 もちろん、きびしいことを言うときには、信頼関係や言い方、タイミング、必要性などを考えて慎重に行います。そして、これまでのブログでも書いてきたように、ほめる、認める、承認する、尊敬するということがなされてから行うべきですね。