みなさんは“後出しじゃんけん”というゲームを知っていますか?一人が「後出しじゃんけん、じゃんけんぽん!ぽん!」と掛け声をして、その人は一回目のぽん!でグー・チョキ・パーを出し、相手は二回目のぽん!で出します。一対一でも一対大勢でもできるので、私も心理教育やソーシャルスキルトレーニングの際に、アイスブレイク(緊張をほぐす導入)としてやってみたりします。
ここで盛り上がるのが、「わざと負ける手を出してください」とやったときです。これが難しい!クラス中に笑いと悲鳴が起こります。勝つ手を出すのはとても簡単ですが、その反対をやるだけで、ものすごく頭と手が混乱します。簡単にできるゲームですので、ぜひやってみてください。
しかし、なんでこれはこんなに難しいのでしょう?パーが来たらチョキを出す、といった勝つ手は本当にすんなり出ます。しかし、パーが来たらグーを出す、ということは本当にできない。
反射や本能に背くから、ではないのは明らかです。だって、相手が手のひらを広げてきたら、指二本を出す、なんていうことが生まれつきの反射や本能にあるわけない。それができても生存に有利になるわけでもない。アフォーダンスでもないはずです。アフォーダンスというのは、環境が生物に使い方を伝えているというもので、例えばドアに取っ手がついていたら、言葉での説明がなくても、人間は自然にそれをつかみます。環境と生物は意味を交換しあっているということですね。でも、自然の合理性でパーがチョキを誘発しているのということはないでしょう。
つまり、後出しじゃんけんが難しいのは、われわれが「じゃんけんは勝つことが自然」と学んだからです。
後から学んだ人工的なことなのに、瞬間的に勝つ手は出せるのに負ける手は間違えるという、身体の反射と思えるほどに身体を支配してるのです。
パーにはチョキが勝つというルールを学んだというのは、当たり前です。じゃんけんのしくみはいつかどこかで人間が人工的に編み出したしくみです。ルールやしくみというのは多くが人間が作り出した人工的なものです。でもそれだけならば、わざと負ける手もすぐ出せるはずです。だってパーにはグーは負けるということも学んだからです。
何が言いたいかというと、じゃんけんのルールそものものより、じゃんけんで勝つということが、もう反射や本能といっていいほど自然になっているのが驚きということです。わざと負ける、つまり、自分の意志で負ける、意図的に負けるというのが、混乱することであり、自然にできず、脳をいちいち酷使しないとできないことなんですね。
自然もつ本能や反射とは関係ないのに、ここまでわれわれの身体の常識が決められている。じゃんけんには勝つべき、という常識が、身体と心理に影響しているわけです。
合気道というのは、学んだことで“身体的な常識”となった反応を変えていくという要素があります。それは負ける手を出すような“不自然”な動きとなります。
二人が相対し、相手が攻撃してきたときに、戦うでもなく逃げるでもなく、受け入れ一体化するという“不自然”なことをするのです。合気道について、伝説の達人、塩田剛三先生は、自分を殺しに来た相手と友達になる、と述べています。哲学者にして合気道家の内田樹先生は「対立を作り出そうとするものと、対立を解消しようとするもののせめぎ合い」と表現しています(『いきなりはじめる仏教入門』より)。
形稽古では、相手が打ってきても大きなダメージはありません。だから、相手が打ってきたら逃げたり抵抗したりするのではなく、受け入れろと言われればその動きができるはずです。でも、これがまあ、簡単にはできない。試合でも真剣勝負でもない形稽古でも、打撃を受け入れる動きをするというのは、“不自然”に感じて(無意識的に、というか身体レベルで不自然に感じて)しまって、ついつい対立する動き(身体を固めたり、逃げたり、力づくでつかんだり)をしてしまうのです。後出しじゃんけんゲームで、頭では(理性では)負ける手を出すことがルールであると理解しているのに、ついつい普段の常識で勝つ手を出してしまうように、相手を受け入れ調和する動きをすると頭でわかっていても、ついつい対立を促進する動き(力みや反発)をしてしまうのです。内田先生の言うように、せめぎ合いになっていますね。
合気道の稽古ではこの“常識”を変えるように繰り返し稽古するわけです。後出しじゃんけんで、すんなりパーにグーを出せるように身体の反射を変えていく。人間はこころで不自然さを感じるので、身体の不自然さを変えるということは、こころも変えることになりますね。
身体とこころに染み付いた、“人工的な後付け反応”から離れた動きが、ぱっと自然にできるようになるというのは、柔軟さと自由を得たことだと思います。合気道の本質は、ほかにもたくさんあるでしょうが、そのひとつは、自由を得ることなんだろうと思います。たぶん後出しじゃんけんゲームも、繰り返し稽古すれば、自由自在に不自然さを感じずに負ける手をぱっと出せるようになるのでしょう。なんの得にもならない技ですが・・・。
身についてしまった常識は、身体にまで影響します。アドバイスを言葉で頭で認識しただけでは人が変化できないのは、そういうことなんですね。合気道が繰り返し繰り返し稽古して、身体にしみ込んだ常識的な反応から自由になるように、心理療法やカウンセリングも、身体に影響が出るまでやらないといけないんですね。