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子どものセラピーにおける「宝探し」と「かくれんぼ」

 子どものセラピーは対話だけで行われることは少なく、プレイセラピーや箱庭療法、描画法など、遊びの要素を取り入れた手法をとります。その中で、虐待や保護者と関係がうまくいっていない子どもが、宝探し」と「かくれんぼ」を求めてくることが多い印象があります。(統計的な数字をとったわけではなく、私の感覚だけですが。)

 こういうことを書くと、「うちの子はかくれんぼが大好きだけど大丈夫か?」と心配される方もいらっしゃるかもしれませんが、もちろん、これらの遊びは、傷を抱えていない子どもたちもたいてい大好きです。しかし、保護者との関係で傷ついた子どもは、「宝探し」と「かくれんぼ」への要求が強く執拗に求めてくるような気がするのです。

 この二つの遊びは探す、探されるというテーマ、本質が似ているように思います。物理的な制約で異なった形をとるようです。広いプレイルームで行うプレイセラピーや学校で行うスクールカウンセリングではかくれんぼ、狭い部屋で箱庭療法をしているときは砂に埋めたり部屋のどこかに何か小さいものを隠す宝探し遊びとなっているのかもしれません。

 また、探すのがセラピストで、隠れる・隠すほうは子どもというパターンが多いように思います。セラピストに目を閉じさせて、自分が隠れる、何かを隠す。そしてセラピストが探すのを、ワクワク、クスクス、ドキドキ、ムズムズといった態度で見ています。こういうときの子どもは本当に楽しそうで、私もとても楽しくセラピーを行っています。

 

 さて、子ども、特にこころに傷を抱えた子どもが、宝探しやかくれんぼを求めるのはなぜか?あの楽し気な表情によって、何を得ているのでしょうか?

 

 まず最初に直観的に思うのは、自分を大切にしてもらうという体験を遊びで味わっているということです。隠された宝物は子ども自身です。セラピストは一生懸命それを探す。それは自分が愛され求められているということを象徴的に体験しているのです。これはものすごく大切な感覚です。

 

 次に、自分が主体であるという体験をしていると思われます。子どもは場所を知ってるのですが、セラピストは知りません。ある意味、大人は受け身です。いつも主体を大人に奪われてきた子どもにとって、自分だけが場所を知っていて、右往左往している大人をコントロールできるのは、たまらなく楽しい。それは自己優位感や自己効力感をもたらすのでしょう。隠れる、隠すというのは、力のない子どもでもできます。子どもに、非力でも大人に負けない主体になれる、主役になれる、影響を与えられる、効果的な対処ができる、という感覚をもたらすのではないでしょうか。

 

 最後に、私の直観で思いついたことではなく、生物学的な事実から検討しましょう。

 神経生理学からセラピーを検討している、ポージェス博士の「ポリヴェーガル理論」によると、人間の防衛反応には関係する神経系が3つあるそうです。ひとつは無髄の迷走神経といい、一番古く、これが防衛として作動すると、「不動化」、つまり心拍や呼吸を抑え失神や麻痺、解離が起こります。次は交感神経系で、これが活性化すると有名な「戦うか逃げるか反応」が生じます。心拍数や血圧、呼吸数が上がり、筋肉がこわばります。最後に、哺乳類で発達した有髄の迷走神経というもので、これは安心を感じ社会的な交流をするための神経系です。この神経系が働いていると、交感神経や無髄の迷走神経を抑え、やたらと心臓がドキドキしたり不動化しないようにしています。そうすると表情が豊かになり会話に集中でき、他者と楽しく交流できます。通常はこの神経系が優位でも、危機が来ると交感神経、無髄の迷走神経と進化の古いほうに神経系の働きが移行します。怖いときに心臓がバクバクし呼吸が荒くなることもあれば、気絶や腰を抜かすこともあるのはそのためです。

 このポリヴェーガル理論では、遊びについても言及されています。遊びは、社会交流する有髄迷走神経と、戦うか逃げるかの交感神経、麻痺や解離の不動化反応の無髄迷走神経をそれぞれを行き来する「神経エクササイズ」だというのです。このエクササイズにより、リラックスと安心を感じ他者に近づき受け入れようとする社会的交流システムの調整機能を高めたり、作動しやすくしているのでしょう。

 

 かくれんぼや宝探しの過程でも、セラピストや友だちを信頼し楽しい雰囲気のなかで、ワクワクドキドキという交感神経を経験します。さらに、見つからないように身を潜め動かない、ばれないよう表情を変えない、他者が動いている間じっと待つといった不動反応も楽しく経験する。これまで不快な防衛反応として使われていた交感神経や無髄の迷走神経の働きが楽しくなる楽しくなるということは、社会交流システムが優位に働くということです。そうやって、不幸な体験から不適応を起こしていた神経反応を調整しているのでしょう。

 

 かくれんぼや宝探しだけでなく、「だるまさんが転んだ」や「こおりおに」という遊びも不動化を楽しく経験しますね。だるまさんが振り返ると不動化する、鬼につかまるのを防ぐために不動化する。いずれも、不動化は怖くないよ、不動化したあと速やかに回復できるよ、ということを神経に教えてあげる大切なエクササイズと言えます。不動化の前には、だるまに向かって、あるいは鬼から逃げようと走っているので、交感神経の活性化も他者と交流しつつ楽しく味わっています。

 

 遊びによって子どもたちが回復し成長すること、遊びというものが古来から持つ癒しの力、それらは本当に感動的です。かくれんぼや宝探しをセラピーで行う際には、子どもの存在そのものを大切にしながら関わっていきたいものです。