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統合的心理療法に必要なのは、すなわち「戦闘考察力」‼ じゃなくて「臨床考察力」‼

 私が心理療法の基礎を学んだのは、成城カウンセリングオフィス/大塚女子大学教授の福島哲夫先生です。福島先生の立場は、統合的心理療法というものです。

 

 心理療法には精神分析とか認知行動療法とか森田療法とか、いろんな技法や理論があります。それを体系立てて実施しメンバーを構成する流派も数多くあります。特定の流派にどっぷりつかっている臨床家は、ほぼすべての心理療法やカウンセリングにおいて、自分が所属し学んできた流派の方法で行います。

 

 しかし、諸流派には当然、悩みや問題に対し「得意・不得意」や「適・不適」があります。クライエントさんの状態によっても「合う・合わない」があります。

 

 またその流派の技法と理解でしか心理療法を行わないと明言し、その技法に合わないクライエントさんをお断りすることをしない限り、実際の現場では、様々な悩みや問題を持ち、様々な状態のクライエントさんを対象とすることになります。

 

 そこで、統合的心理療法という立場をとる臨床家がいます。詳しく説明すると統合の仕方にもいろいろあるのですが、簡単に言うと、一つの流派をクライエントさんに適応するのではなく、クライエントさんの状況に合わせ適した技法や理論を提供するというものです。

 (福島哲夫先生のこちらのブログに詳しいです。)

 

 私は不肖の弟子で、福島先生が専門とされている技法、AEDP(加速化体験力動療法)やEFT(感情焦点化療法)を授かることはしなかったのですが、統合的心理療法という立場はしっかりと根付いています。実践において、自分のやりたい理論をいつでもどんな状態でも実施するのではなく、クライエントさんの状態を見立て、その状態に適した心理療法を提供するという立場です。

 

 私は、統合的心理療法の立場は「見立て」と「決断力」、そして「複数の技法の理解と学び」が必要であると思います。そのクライエントさんに合った療法は何かと判断するには「見立て」が重要ですし、その「見立て」に基づいて判断したものをクライエントさんに提案あるいは適応する勇気(というとおおげさかもしれませんが)、ある種の決断をしなければならないのです。「自分が学んだのは精神分析だから、精神分析しておけばいいや。」とか、「クライエント中心療法しかできないからいつでも傾聴しかしないんだ。」という狭い(よく言えば専門的な)判断しかしない場合、勇気や決断力はあまり必要ではありませんね。

 そして「見立て」で必要と感じた技法を提供できるよう、ある程度幅広く心理療法を学んでおかなくてはなりません。

 

 私もまだまだ本当に未熟で、上記した理屈というか理想ができているかというと、う~~~ん、なのですが、一応このような考えで臨んでいます。

 

 さて、この統合的心理療法に必要な要素を身に着けるためにですが、富樫義博作『HUNTER×HUNTER』というマンガに、とても参考になる発想が出てきたので、ご紹介します。

 

主人公ゴンとキルアというキャラクターが戦いの修行をするシーンで、師匠であるビスケというキャラクターに言われるセリフです。

 

     「あんた達の基礎能力で倒せない敵はいない

      もしも倒すために足りないものがあるとすれば

      敵を観察し分析する力

      そして 敵を攻略するための手段を戦いながら瞬時に考える力

      すなわち戦闘考察力!!」 

 

     「さまざまなタイプの敵と戦わなければならない念での戦闘…そこで最も大切な戦闘技術とは

     “思考の瞬発力”!!

     「いかに対処するか」をすばやく幾通りも考え取捨選択し適切な対処法を実行に移すまでの刹那!!

      まずは考えることに慣れそれを限りなく反射へと近づける訓練!!」

 

HUNTER×HUNTER (15)

 

 

 いや~これは、ベテランの臨床家が、特に統合的な立場の臨床家が心理療法中に実践していることではないですか!

 

 上記のセリフを心理療法バージョンで考えてみましょう。以下のように置き換えて読んでみてください。

 

   「倒す」「攻略」を「癒す」に

   「敵」を「クライエント」に

   「戦い」を「面接」に

   「戦闘」を「臨床」に

   「念での戦闘」を「現場での臨床」に

    (*置き換えて書いたら早いのですが、セリフを改変するのって著作権的にどうなのか確信持てないので)

 

 どうでしょう?ビスケというマンガの世界の師匠が、自分のスーパーヴァイザーに見えてきたではないですか! 私も、この発想を自分のスーパーヴァイジーに伝えたいと思いました。

 

 ビスケの戦闘考察力とは“思考の瞬発力”です。心理の臨床家にもとても必要なものだと思います。しかし、心理療法家にはわりとのんびりした人も多いせいか、これが足りない方も多いように感じます。

 ビスケは「瞬時に」「瞬発力」「すばやく」「刹那」「限りなく反射へ」と、速度についてかなり強調しています。セラピーでも、これまで学んできた見立てや技法への判断と深い洞察を、反射と思われるほど速く行う必要があるのです。

 

 ときどき、私のところに来談した方から「前のカウンセラーは傾聴しかしてくれなくて意味がなかった。」といったようなことを聞くことがあります。傾聴しかしていないと思われてしまったのは、この‘臨床考察力’、すなわち“思考の瞬発力”がなかったのではないかと推測されます。

(*もちろん、私のところから別のカウンセラーのところに行かれた方は、私のことをそう言っている可能性はあります。前のカウンセラーをけなす資格は私にはありません。ただ、自他ともに批判的に検証し、腕を上げるための考察をしているとご理解ください。)

 

 面接中には、クライエントさんの話を「観察し分析して」聞きながら、頭のどこかで「いかに対処するか」をすばやく幾通りも考え取捨選択し」ています。それを意識的に考え考え行うのではなく、「反射へと近づけ」ていきます。

 

 そしてそれを、クライエントさんがあせらないように、安心してもらえるように、こちらの頭が素早く動いていると意識させず、あくまでのんびりと穏やかに落ち着いて聞く態度でいなければなりません。

 

 ゆったりとクライエントさんを受け止めつつ、頭のすみでは、「精神病圏か神経症圏か?病院や福祉を紹介する必要があるのか?自死や自傷、他害の可能性は?DSMでいうと診断は何になる?身体疾患の可能性は?パーソナリティの要因は?過去にトラウマがあるのか?家族の要因があるのか?自己洞察ができるのか?発達の偏りは?神経系の反応は?症状や悩みが無くなればよいのか?人生上の課題なのか?どう介入したらよいのか?A技法かB技法か?技法に伴う危険性はあるのか?…」等々がフル回転しているのです。

 

 私も、上記したようにまだまだ未熟ですので、この臨床考察力という発想を高めるよう、日々の実践と訓練を行っていく必要があります。今回のブログは臨床家のみなさま向けになりましたが、ぜひHUNTER×HUNTERのような作者が全力で書き上げたマンガからも、いろいろ学んでいきましょう。

 

 

文献

富樫義博 HUNTER×HUNTER(15) 集英社