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ゴルディアスの結び目に挑む

 令和4年(2022年)初めてのブログになります。所信表明的な記事を書こうと思い、このようなタイトルになりました。

 

 「ゴルディアスの結び目」とは、今のトルコ西部にあった伝説です。神殿の柱に結びつけられた牛車の結び目をほどいた者は、アジアの王になれるというものです。多くの人がほどこうと挑戦しましたが、複雑なこんがらがった結び目で誰もできませんでした。そこに、アレクサンダー大王が進軍してきました。彼も挑みましたが、やはりほどけません。すると、アレクサンダーは、剣をぬいてその結び目を断ち切ってしまったという逸話です。

 

 この伝説と同じタイトルの小説を小松左京が書いています。そこでは精神障害の治療についての議論が行われますが、精神障害の元を「心のむすぼれ」としています。それはいろいろな要素が結び目となってこり固まったものと表現されています。治療とはそれを解きほぐして癒すことなのです。

 たしかに、私の実感でも、トラウマや精神疾患は心の傷というよりむすぼれや結び目としたほうが、近いように思います。

 一度の衝撃でついた傷というより、その傷を直そうとするかさぶたや免疫反応も含めて心の問題となっているからです。傷にはばい菌や細胞や免疫、傷を意識したり気にしてしまう気持ちなど、物質的にも精神的にもいろいろなものが引き寄せられ集まって、複雑で固い結び目を構成してしまうのです。心の傷にも同様に、思考、感情、意識、無意識、神経反応、対処行動などが集まって、結び目ができ、それが悩みや精神疾患となってしまうという状態です。

 いや、個人の心理、生理的なものだけではなく、社会的な問題やゆがみが結ぼれてくることもあります。貧困であったり、就職氷河期であったり、親がちゃであったり、マイノリティであったり、福祉の対象からもれていたり…。

 こうなると、どこから手をつけたらいいんじゃい!とまさしくゴルディアスの結び目になってきます。

 

 このような比ゆで精神障害や悩みを表現するなら、治療や解決はその結び目をほどくことになります。

 小説では、すべての結び目がほどけれは“空”が広がるだけであるのか、それとも、どうしても癒すことのできない結び目=“闇”“悪”があり、いくらほどいても、光をあてても、消えることはないのか、と議論されます。

 そして前者はブッディストあるいは東アジア人の考えであり、後者はアーリア系、つまり一神教や二元論の考え方としています。

 さらにそれは宇宙論にもつながります。宇宙の最後はすべての結び目がほどけて「空」に帰るか、宇宙の最後にもブラックホールというどんな光でも癒すことのできない闇が存在するのか…

 

 悩みや症状のもつれ

 

   いろんな糸が引き寄せられ、さらに複雑さを増す

 

 

 こうして見ると、確かに結び目はブラックホールみたいですね。

 

 

 結び目をほどくと、空(無)となるのか?…

 

 難しくなる哲学や科学的な宇宙論の議論は、私にはなかなかついていけません。しかし、心理療法家として精神疾患や悩みと向き合っていると、心の傷はすべての光を吸い込む闇、ブラックホールのようなむすぼれであると感じることがあります。

 それはまさにけっしてほどけない、またうかつに手を出すと、かえってこんがらがってさらに複雑になる点もゴルディアスの結び目でありブラックホールのようです。

 

 そのような結び目に対し、アレクサンダー大王は、だれもが思いつかなかった解決策を実行します。この逸話は、どうしたらよいかわからない、手を出すとかえって複雑化するような問題に対し、それまでの方法ではないやり方で大胆に実行することで解消することを示しています。

 我々にもアレクサンダー大王の行動はヒントになるのでしょうか。様々なアプローチで、常識にとらわれずやってみることかも。問題の解決そのものを放棄し、同じ土俵に乗らないほうがよいということかも。おびえず大胆に決行する勇気こそ大事なのかも。

 いや、アレクサンダー大王と違って、我々には仲間や他分野の専門家の支援もあります。みんなで協力すればなんとかほどけるのか?

 

 いずれにしても、心理療法で扱う問題はゴルディアスの結び目のようなものです。多くの臨床家、いや、人間がほどこうと、あるいは、断ち切ろうと挑んでいます。いまだ完璧なほどき方や誰にでも通じる方法はありません。私もクライエントさんとともに挑み続けたいと思います。

 

 

(文献)

小松左京 ゴルディアスの結び目 角川春樹事務所