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それってあなたの“感情”ですよね

 特に若者に人気のひろゆき氏の名言(?)として、よくネット上でみる言葉に

「それってあなたの感想ですよね。」

 というものがあります。

 議論の際に、根拠や証拠、データを示さない相手に対し、その論は話者の感想、思い込み、好みにすぎないのでは、と指摘して論破する方法です。

 この論法(?)には賛否や功罪があるようです。しかし若者中心に人気がある言葉なのだとしたら、何かしら意味があるのだと思わざるをえません。

 

 おそらく(つまり私の感想にすぎませんが)、年寄りが根拠のない感想を押し付けてくることに嫌気がしているときに、響くのではないかと思うのです。

 「最近の若者は~だ!」とか「もっと~せにゃならん!」とか「これがうちのやり方だ!」などといった言葉、あるいはそのような雰囲気が、家庭、学校、職場、社会から、権力者や中年以上の人たちから聞かされる、あるいは伝わってきます。そのとき若者たちやマイノリティの人たちは「それってあなたの感想ですよね。」と言い返したくなるのではないでしょうか。

 

 つまりこの言葉は“老害”と似たニュアンスなのではないかと思うのです。

 そして、権力者が“感想”で社会を動かしていることには、うんざりもするし恐ろしくもあります。感想にすぎないものを、権力の力で実現してしまうからです。

 

 先日、臨床心理士の雑誌で、かなりのベテランの方が若い心理士に向けて書いたメッセージに対しTwitter上で反発が広がりました。そのメッセージは、根拠やデータに基づいたものではなく、感想にすぎないものだったのです。ベテラン心理士は、これまでの人生や臨床心理学を先導してきた思いから、ある程度正しいことを言っているのかもしれません。しかしベテランで地位のある人物が、感想を押し付けてくることに対し、若者から反発が出るのは、当然でしょう。

 

 それはマイノリティの人たちにとっても同様ではないでしょうか。たとえば、地位と力のある人物が「男(女)は男(女)らしくするもんだ。」などと言えば、「それってあなたの感想(思い込み、好み)ですよね。」と言いたくもなるでしょうし、有効な反論だと思います。

 

 

 さて、ここからが本題です。(あ、本題のほうが短くなりそう)

 この言葉を、さらに心理療法として意味のある言葉に言い換えてみようと思います。

 

 それがタイトルの「それってあなたの“感情”ですよね。」です。

 

 森田療法では、神経症の治療として、「気分本位」ではなく「事実本位」「行動本位」に生き方を変えるよう言います。

 「気分本位」とは、自分の気分に注意を向け、それを一番重視する生き方です。自分の気分が不快なら、それをなんとかしようとします。

 そうすると、気分がよくないから何もできない、となりがちです。軽い言い方だと「気分がのったら~する。」ということです。

 しかし、それでは気分=感情がよくなるまで動けませんから、動けないことでますますやる気がなくなります。また、気分=感情をモニターすることで、ちょっとした異常や落ち込みを意識してしまい、かえって悩みが増してしまいます。

 これを「とらわれ」と言います。気分=感情にとらわれてしまうのですね。ほかに良いところや楽しいことがあっても、一点でも不快な気分があると、それがなにより大事でなんとかしなければならないと思ってしまいます。

 

 そこで、森田正馬先生は、気分は気にしないで、落ち込んでいようと不安定だろうと、「事実本位」つまり感情ではない事実に基づいて判断するようにしよう、と言います。ある一点で苦しいことがあっても、ほかに良い点があればそれを素直に認めようとします。また、一点の苦しさも、そのまま仕方ないと認めます。

 「行動本位」も、気分は置いておいて、まずは行動しよう、ということです。「やる気になったら勉強する。」というのではなく、試験が近いという事実に基づいて勉強するかしないか決めるべきだし、勉強しなければいけないのであれば、やる気がないまま勉強していこうということです。

 

 そして、気分はほっておけば絶対に静まる。下手に意識して考えたり解決しようとしていじくるから長続きしてしまうんだ、と言います。これはマインドフルネスやアンガーマネジメントとも似た考えですね。

 

 森田療法は、すぐに変化しその時のものでない気分にとらわれ支配されるのをやめようということです。マインドフルネスでも、感情を観察だけして何もしないでいると、それが流れ変化しているものだと知る、ということを学びます。流れる雲やスクリーンに映る映画のようなものです。

 

 森田療法やマインドフルネス的に考えるとき、感情は、重視しないものとなります。ほっておけばそのうちなくなるから、自然になくなるまでやるべきことをしよう、となります。

 

 。不安や怒りや悲しみ、うつやハイテンションなどにとらわれ悩まされているなら、ひろゆき氏の言葉をもじって、自分で自分自身の感情に言ってあげてみるのはどうでしょうか。

 

 「それってあなたの“感情”ですよね。」

 

  つまり

 

 「今とらわれているのはただの“感情”にすぎないよね。自分自身のすべてじゃない。感情はそのうち消えるよ。それより現実的な対応しようよ。やりたいこと、やるべきことをとりあえずやっていこうよ。やりたくないなら元気が出るようきちんと休もうよ。」

と。

 

<文献>

森田正馬 「自覚と悟りへの道」 白揚社

森田正馬 「神経質の本態と療法」 白揚社