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遠くを見れば強くなる ー悩んでいても遠くを見ようー

 合気道の技や身体運用には、心理的な悩みの対処に参考になるものがたくさんあります。合気道セラピーではその英知を心理用法に応用していますが、今回はその中でも視線について考察してみます。

 

 合気道では、視線は遠くを見ることが多いです。逆に言うと、自分の手や足元を見ない、また、相手の攻撃を見ない。具体的には、突いてくる拳や短刀を見ない。つかまれているところを見ない、ということです。

 開祖、植芝盛平翁も「相手を絶対に見ない。合気は相手の目を見たり、手を見たりしてはいかん。」と述べています。

 

 実際に、相手や自分の手元などを見てしまうと、技がスムーズにいきません。力が入り姿勢も歪んでしまうからです。また気を出すイメージもなくなり、むしろ気がこもってしまうようなイメージになっています。

 

 相手につかまれても、そこに意識をむけず、遠くを見て全体のバランスを崩さず動くことが重要なのです。

 

 ここで、わかりやすい例として、「折れない腕」という、技というか一種のパフォーマンスをご紹介します。

 

 ①腕を肩くらいの高さにあげます。 ピーンと伸ばさず軽く曲げます。それを他人からひじの部分で曲げてもらいます。

 

 ②力を入れて曲げることに抵抗してみましょう。そうすると、争いになりとても疲れるし、相手が強いと負けて曲げられてしまいます。

 

 ③次に指先から気を出すイメージをします。指先から水とかレーザー光線がビューワーっと出ているようにイメージしてもらうとやりやすいです。

 

 ④この方法だと、驚いたことに、力を一切入れなくても腕がとても強くなり、曲がらないのです。筋力はほぼ必要ありません。リラックスしているのに、相手がかなり強く曲げてきても、大丈夫になるのです。

 

 ⑤また、視線も大事です。目をふせたり、相手がつかんでいるところに目をやると、とたんに弱くなってしまいます。気が地平線の果てまでのびて出ているイメージをして、その方向に視線を向けます。

 

 この「折れない腕」を図にしてみました。

 

【図 折れない腕】

 

※悪い例 

 

 

 押されているところを見てしまうと弱い

 

 

※よい例

 

 指先から気を出すイメージをして、遠く、気の出る先を見るととても強くなる

 

 

 さて、腕を折ろうとしてくる力を、悩みや問題と考えてみましょう。

 

 その力はいつもこころにつきまとい、折ろう、曲げようとしてきます。折られまいと抵抗してもなかなか勝てず、その葛藤で疲れてしまいます。こちらが力を入れれば入れるほど、相手も力を増してきます。気になればなるほど気になり、次第にいつもいつもその力と戦い、疲れ果て、そのことばかり考えほかのことができなくなります。合気道において動きは自由さを失い全身のバランスも崩れていくように、こころも自由さとバランスを失います。

 その問題が嫌なもので気になるからといって、そこに意識を集中して、なんとか解決しようと思えば思うほど、こころはかえって弱くなっていくのです。

 

 

 悩みや人生上の問題は必ず、だれにも起こります。それが「とらわれ」となるとき、大きな苦悩となり活き活きした人生を送ることを阻害します。精神をおびやかす問題や悩みとは、ただ問題や悩みがあるというより「とらわれて」しまうことだと言えます。マインドフルネスや森田療法はその現象に注目し、「受容」したり「とらわれたまま行動する」ことを推薦します。

 

 合気道においても、攻撃や圧力に意識を向けとらわれるとき、争いや気・身体の乱れが生じます。相手にとらわれず、見ない。つねに視線は遠くを見るのです。

 

 「折れない腕」だけでなく、相手を向かい合うときも、相手全体を見るようにします。あるいは相手の後方に焦点を合わせるようにするとよいでしょう。相手や攻撃に焦点を集中しなくなると、恐怖感が減り、リラックスして適切に動け、心身ともに強くなっています。

 

 悩みや問題に悩まされていても、視線は遠くに向け、動き続けること。

 

 マインドフルネスや森田療法と同様の、人間の悩みに対する英知が、合気道の視線の向け方にもあるように思います。

 

 

(文献)

植芝吉祥丸 監修 「合気神髄 合気道開祖・植芝盛平語録」 八幡書店