· 

うつの合気道セラピー

 しらかば心理相談室に来談されるクライエントさんにも、うつ状態で悩まれている方は多くいらっしゃいます。今回は、合気道セラピーがどのように身体とこころ、両方からうつの改善にアプローチしているかをご紹介します。

 

 さて、「うつ病」そのものの診断ではなく別の診断名(適応障害や発達障害、強迫性障害など)がついている方や、トラウマ、不登校、生きにくさ、HSP、依存、など人生上の問題で来談される方も、「抑うつ状態」であることは多いです。

 当然と言えば、当然かもしれませんね。人生上に問題がいくらあっても、落ち込みやこころのエネルギーの低下がなければ、それなりに元気とも言えます。逆に、他人から見ればありふれた問題でも、抑うつ状態になれば、とてもつらいものです。(例えば、仕事の失敗、失恋、家族親族とのもめごと、生きる意味がわからない、など。)

 

 うつに対しては、多くのセラピーがあります。現在の第一選択セラピーは、認知行動療法(CBT)でしょう。CBTは、うつの背景には、自分でも気づいていない自動的に浮かぶ考え(認知)があり、それが0-100思考であったり、一つの例を過度に一般化したりという偏りがあると、抑うつ気分になるというものです。認知の修正に加えて、偏った認知を否定する行動をして、自分のうつになる思考を意識的に改善していきます。

 

 しかし、うつを体験した人からすると、勝手に浮かぶネガティブな思考(自動思考)から気分の落ち込みが発生するという前後関係や因果関係があるようには感じられません。自動思考と感情とさらには身体感覚のパターンが、雪崩となって押し寄せてきて、巻きこまれる(『マインドフルネス認知療法』より)というほうが実体験に近いのです。

 そう、考え(認知)が先にあって、それを直せば感情や身体感覚もよくなるというほどはっきりとした因果関係ではないのです。『マインドフルネス認知療法』によると、逆に、ささいな気分の落ち込みがあって、考えもネガティブになるという傾向があるそうです。考え方を変えても、気分の変化があると、すぐに考え方もネガティブに戻ってしまうのですね。

 

 また、CBTの研究が進むにつれ、認知を変えたことよりも、認知や気分と距離をとれることができるようになったことが効果的であるということもわかってきました。

 考えや気分、身体感覚に、こころ全体が巻きこまれず、過度に影響されず、とらわれないことが、うつから回復し、回復を持続するコツのようなのです。これは森田療法の「とらわれ」や「精神交互作用(問題に注目すると過敏になり、ますます問題を感じてしまう作用)」が悩みを生むという発想とも類似しています。

 

 さあ、いよいよ合気道セラピーの説明です。合気道で重視する心身の使い方、技のコツ、は、うつと正反対の要素を多分に含んでいるのです。

 うつ状態のときと、合気道の目指す身体と精神の状態の違いを、一覧表にしてみました。

 

うつの身体と精神状態

合気道の身体と精神状態

こわばり固い

柔軟

エネルギー、活力、気分の低下

気を出して活き活きと動く

迷いと不安で動けない

軸を立て断固として自由に動く

過去の後悔、未来の不安

今ここの瞬間の感覚を楽しむ

認知が偏りそれにとらわれている

攻撃や圧力にとらわれず全体を見る

問題と悪戦苦闘し疲労している

攻撃や圧力を受容し調和する

他者、世界と分断され孤立している

相手・世界と結び、調和・和合する

 

  つまり、うつ状態の心身と真逆の心身の状態が、合気道の目指す境地であると考えられるのです。合気道セラピーでは、投げ技や関節の固め技をマイルドにして誰にでもできるようにし、活き活きとした心身や柔軟性やとらわれない状態、調和や和合を体験してもらいます。それは身体とこころ両方の体験となります。

 

 『マインドフルネス認知療法』では、自動思考や感情、身体感覚が雪崩のように押し寄せてくるという表現がありました。われわれがうつ状態になるとき、うつの思考や感情、身体感覚に巻き込まれてしまうのです。それは思考で否定しようとしても、抗いがたい。雪崩に巻きこまれるようなものだからです。圧倒的なうつの思考と感情と身体感覚の雪崩…。

 

 しかし合気道セラピーでは、活き活きと「気」が出ていて、柔軟に動け、ストレスにとらわれず、他者や世界と調和している状態に、逆にうつを巻きこんでしまおうとします。合気道の動きには円で動いて吸引していくような技も多いです。この心地よい円運動の嵐に、うつの考え、感情、身体感覚を巻きこんでしまうのです。

 

 合気道セラピーを行ったあとの、クライエントさんの感想としては「温かい」「落ち着いている」「ゆったりしている」「楽しい」「爽快」「不思議」というものが多いです。うつ状態の人であっても、気分と身体感覚が変化しています。

 合気道セラピーでは、圧倒的な圧で押し寄せるうつの認知、感情、気分を、合気道の感情、身体感覚に巻きこみ、取りこみ、合気道の感覚を自己の主体にしていきます。

 圧倒的なパワーで押し寄せるうつに対し、合気し調和し、投げ飛ばすのです。

 

 ここで重要なのは、投げ飛ばすとか巻きこんでしまうといっても、うつを否定し殲滅するのではないということです。合気道においては、勝ち負けのあるスポーツ武道とは違い、投げられるほうも楽しく癒される感覚があります。投げられることは負けではないのです。

 うつの考えや感覚を否定しようとすると、かえってそこにとらわれこだわり、逆に強くうつを意識したり、心身全体のバランスを崩し、逆効果になってしまいます。

 うつに対しても、押し寄せた時「よしよし、いらっしゃい!」と受容し、一緒に回転し、みそぎを行い、最後には投げ飛ばして、両方とも快適な気分で別れるのです。

 

 認知は合気道セラピー実施直後に尋ねたときはあまり出てこないのですが、セラピーのなかで対話も行っていくと、「考えや感情と距離がとれる」「不安をぐるぐる考えなくなった」「相手を考えられるようになった」「選択肢広がった」「まいっか、と区切りつくようになった」「自然とのつながり感じる」、などと言うことが多いです。まずは楽しく調和する合気道を行うことで、次第に認知に浸透し、考えもうつ的ではなくなっていくのでしょう。

 

 合気道をセラピストといっしょに行うことで、その身体感覚を心身になじませ、対話することで考え方も変えていくという、ボトムアップとトップダウンの両面からうつの心身を直していくというのが、合気道セラピーのうつに対する方法と言えそうです。

 

 対話によるカウンセリングだけでなく、身体面からのうつの回復に取り組んでみたい方は、以下のボタンよりご予約ください。

(文献)

鍋田恭孝(著) 『うつ病がよくわかる本』 日本評論社

Z.V.シーガル・J.M.G.ウイリアムズ・J.D.ティーズディール(著) 越川房子(監訳) 『マインドフルネス認知療法ーうつを予防する新しいアプローチー』 北大路書房