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心の筋トレ

 先日、マインドフルネス認知療法の8週間プログラムを受講してきました。いろいろ学びがあったのですが、今回はそのなかで印象的だったある言葉からいろいろ考えてみました。

 プログラムでは、40分間程度の瞑想も行いました。呼吸や今ここの感覚に意識を集中しますが、40分はなかなか長いですね。その中で講師が言われた「何度意識がそれてもよいのです。そのたびにそれたことに気づいて、何度でも戻ってください。筋トレのようなものです。」という言葉がありました。

 40分間呼吸や感覚に意識を集中し続けるというのは、難しい、というか、無理でしょう。悩みや雑念などの感情や空想やイメージに意識がそれて、ひたってしまうことは当然です。私も40分間の中で何度もそれました。しかし、この言葉で、「あ、それてもよいのか、戻ればよいのか。」と楽になりました。

 以後、瞑想は呼吸や感覚に意識を集中し続けるというのではなく、何度も戻るもの、と理解し実践しています。

 

 さて、何度も戻ればよい、というマインドフルネス瞑想を、講師が「心の筋トレ」と表現したことが、興味深く感じました。マインドフルネス認知療法は、特にうつの再発予防に効果的とされていますが、心を扱う技術としてトレーニングが必要です。いろいろあるトレーニングのなかで、雑念や迷いから呼吸に意識を戻す瞑想は、「筋トレ」というメタファー(比ゆ)で表現されているのですね。

 基礎という意味もあるのでしょうが、私の印象では、行ったり来たりして鍛えるものなので「筋トレ」と表現されたのではないかと感じました。

 このように、「それても戻る」というトレーニングをしておくと、苦しい感情や悩みやイメージから、すぐに今ここに戻れる瞬発力がつくと思います。行ったり来たりを繰り返すことで、すぐに現在の感覚に戻ってこれると、過去の後悔や未来の不安、うつ感情や悩み、妄想を強化しないで済むのでしょう。

 

 この行ったり来たりで鍛える、というのは、マインドフルネス瞑想だけでなく、いろんな心理療法で行われているように思います。

 

 認知療法では、認知再構成法というものがあります。自分の考え方の傾向に気づいて、そうではない考え方をしてみるというものです。最初は、違う考え方はしっくりこないと思いますが、頭の中で、別の考えをしてみて、記入したりセラピストと話し合ったりして、自分のそれまでの考え方と行ったり来たりしていくうち、バランスが取れてきます。それまでの考えを全否定して変えるのではなく、従来の考え方と違う考え方と柔軟に行き来できるようになることが有効です。

 ユング派の能動的想像法(アクティブイマジネーション)では、夢や空想に現れた人物や物と、対話していきます。最初はそのイメージたちの言うことはあいまいでよくわからなく、自我意識が考えていることと正反対のことを言ってきたりもしますので、とうてい受け入れられないと感じることもありますが、次第に自分に必要なものを語っていると実感していきます。意識と無意識の行ったり来たりが、心の全体性を獲得していきます。

 また、エンプティチェアという技法もあります。元々はゲシュタルト療法という心理療法の技法なのですが、他の心理療法(例えばスキーマ療法や加速化体験力動療法)にも多く取り入れられています。自分が座っている椅子の反対側に誰も座っていない椅子を用意し、自分と対する人物や考えのイメージがその椅子にいるとイメージし、自分もその椅子に移動してみたりして、自分と違う立場の人物として考えてみたり対話してみたりします。

 

 このように、頭の中、つまり心で行ったり来たりすることは、心理療法の重要な要素と言えそうです。哲学では、このような動きを弁証法(ディアレクティック)と言ったりします。対立や矛盾から始まり、議論したり片方に疑問を投げかけたりして矛盾や対立を前向きに解決し、真実に近づいていく、という方法です。弁証法で到達した解決や真実は、以前に真実や価値があると感じていたものよりもレベルアップし発展したものとされます。そのような解決にいたることを止揚(しよう)またはドイツ語のままアウフヘーベンと言います。

 

 弁証法と止揚は、古く停滞し矛盾を抱えて苦しむ心が、その矛盾を統合し成長しさらに価値あるものになるために必要なときがあります。心理療法の重要な要素であるのもうなずけます。しかし矛盾や対立が生じ、その間を自力で行ったり来たりすることは苦しみもともないます。

 私は、心理療法に来るクライエントさんは、この弁証法と止揚を苦しみながらも引き受けようとするすばらしい戦士であり哲学者であると思っています。それを何らかの形で表現すると、芸術家とも言えます。

 

 今、矛盾した考えや感情で苦しみ取り組んでいるみなさん、その苦しみは心を鍛え柔軟に強くする、心の筋トレなのだと考えてみると、もしかしたら少し楽になるかもしれません。

 

 心の細マッチョを目指すのがよいのかも。