ムーミン論 · 21日 2月 2021
 今回は、出番は少ないのに印象的で不思議な魅力を持つキャラクター、トゥーティッキについてです。日本語訳では、児童向けにしたせいか、おでぶさんとかおしゃまさんと訳されています。この訳はちょっとなあ、と思うので、アニメで呼ばれていたり公式サイトで使われているトゥーティッキ(Tooticki)という本名(?)に統一します。...
文化論、心身論、書評 · 30日 1月 2021
 みなさんは“さとり”という妖怪(化け物)をご存じですか?私は子どものころ昔話の本で読んだのですが、とても怖いような、いや、怖いともいえないような、不気味な不思議な感覚になるお話でした。...
メッセージ · 11日 1月 2021
 新型コロナウイルスが日本で初めて感染が出てからほぼ1年、収まるどころか二度目の緊急事態宣言で大変な日々が続きますね。マスクも消毒も、もううんざりという気持ちがあります。  1年前に(セラピストが)マスクをしたまま心理療法を行うというのは、想像もつきませんでした。...
当相談室が目指すセラピー;感覚とこころの柔軟性と安心感
 あけましておめでとうございます。令和3年(2021年)が始まりました。  新年最初のブログは、当相談室の心理療法の方向性というか、目指すものについて、書いてみたいと思います。開業して1年9か月たち、なんとなくそれが見えてきたからです。...
文化論、心身論、書評 · 09日 12月 2020
 いよいよ12月。2020年、令和2年もあと少しですね。今年の年末年始は家にいることが多くなりそうです。そこで、ぜひご家族で昔ながらの遊びをすることをご提案します。...
合気道セラピー · 25日 11月 2020
 近年芸能人の発言も多くなったこともあってか、HSPあるいはHSCが話題になっています。Highly Sensitive Person(Child)の略で、刺激に敏感で繊細、共感力が高い人(子ども)たちのことですね。  HSPの方の繊細さや共感性の高さはむしろ長所でしょう。すばらしい特性です。提唱者のアーロン博士も、その著書で問題点よりも長所を多く記述しています。...
合気道セラピー · 15日 11月 2020
 マインドフルネスのなかの大事な考え方に、「受容(アクセプタンス)」があります。自分が感知していることを、価値判断せず、そのまま受け止めるということです。マインドフルネスではあまり「相手の立場に立つ」ということは言いませんが、合気道をやっていると、「受容(アクセプタンス)」と「相手の立場に立つこと」は1セットあると実感します。...
発達障害 · 31日 10月 2020
 広く知られていますが、発達障害の子どもは、同世代との雑談や遊びのコミュニケーションは苦手です。柔軟に臨機応変にコミュニケーションを変化させることが苦手、自分なりのこだわった趣味がありマジョリティが興味を持つ話題には興味を持てず理解できない、話のテンポやリズムも定型発達の子たちとずれてしまい、お互いにストレスを感じてしまう、などの点からでしょう。  一方、年上のカウンセラーや教師、家庭教師、ボランティアスタッフなどとはうまくいくことがあります。  同時に、年下との関係も大丈夫だったりします。小さい子の面倒をみたり、いっしょに遊ぶときには気が合ったりします。 年上のお兄さんお姉さんは、彼らのペースを尊重してくれるので、付き合いやすい、というのはお分かりかと思います。しかし、年下の子はむしろマイペースだったり、わがままだったりします。発達障害の子にとって、むしろ苦手分野ではないでしょうか。  確かに、小さい子が苦手という場合も多いです。しかし、上記したように、同世代より年下と遊んでいるケースもけっこうあります。その場合、小さい子の自分勝手さや臨機応変さについては、どのようにとらえているのでしょうか?  発達障害とは、発達の偏り、つまり、大人びている面もあれば、同世代と同等な面もあれば、幼い面もある。年上とは発達が先行している要素で付き合い、年下とは幼い面で付き合う、ということもあるでしょう。同世代と比べ理屈っぽい点などは、年上とやり取りするほうが向いているでしょうし、趣味が幼い面などは、年下の子と遊ぶときに向いている、ということでしょう。  もう一つの要素として、年上、年下と付き合うときは言葉使いや役割が決まっているという点もあると、私は感じています。  例えば、人と話すとき敬語を使うべきかどうか?近い世代だと、その判断だけで、発達障害の子は疲れてしまうのです。しかし、年上なら、迷うことなく敬語、丁寧語でよい。日常の雑談で同世代とわいわいやるのは、どういう言葉使いをしたらよいのか、どの程度なれなれしくしてよいのか、わからないのです。年上であれば、敬語丁寧語で、あんまりなれなれしくしてはいけない、と明確なので、その点を悩まなくてよいのです。  年下も、面倒をみなくてはならないという位置づけがわかりやすい。また小さい子が自分勝手であるのは仕方ないという認識があると、許せるようです。  つまり、年上、年下とのコミュニケーションでは、役割や形式が決まっているので、楽なのではないでしょうか。  これは、仕事や学校にも応用できる考え方です。役割を明確にし、余計な雑談や臨機応変さを求めなければ、発達障害の人は、さほどストレスなく役割をこなせるかもしれません。  逆に言うと、小学校や中学校のクラスでは、勉強や学級活動、係活動だけでなく、休み時間もほぼ同世代が集められそこでコミュニケーションをとらなくてはなりません。決められた役割をこなすだけでは、立ちいかないのです。授業は大丈夫だけど、休み時間や給食の時間がつらいという発達障害の子が多いです。  クラスや同じ学年の友だちとうまくいっていない発達障害の子どもも、社会に出れば役割をしっかりこなせれば、文句は言われません。雑談や楽しい会話は、気の合う人、同じ趣味の人、年上年下の人と、やっていければ、充実した人生となっていきます。
ムーミン論 · 19日 10月 2020
 いきなりですが、ムーミントロールは悲恋の少年です。複数の作品を通じ、何度もふられています。彼は感受性が豊かで空想好きなので、少しの手がかりやきっかけからイメージをふくらまし相手に憧れを抱きやすいのです。しかしそういう憧れから始まる恋は成立しないことが多い。ムーミンも悲しい恋を経験していきます。...
文化論、心身論、書評 · 05日 10月 2020
 物語には古今東西、無数の戦士、勇者がいます。今回はマンガ『ベルセルク』(三浦健太郎著 白泉社)と『バガボンド』(井上雄彦著 講談社)という二人の剣士の物語を通じて、意志と自我、祈りについて考えます。それは変化を意図的に起こそうとする心理療法と意図的、意識的であることをやめようとする心理療法の違いにもつながるものです。...

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